設立10周年記念対談企画
沼田 佳之(ぬまた よしゆき)氏との対談
株式会社ミクス 代表取締役 Monthlyミクス編集長
医薬情報とマーケティングの専門誌編集長として、製薬業界や医学・医療界、医療行政を見つめてきた沼田氏。製薬業界を取り巻く環境の変化や地域医療連携・地域包括ケアへと向かう医療界の動向、ICTやIoT、ビッグデータ、AI技術など進化するIT技術と医薬マーケティングの関係などについて語っていただいた。
地域で専門医の先生と患者さんをマッチングさせる仕組みの構築を
古川 地域の医療提供体制の変化に対応した営業・マーケティング体制に変更する製薬企業も増えてきましたね。そのように環境が変わっていくなかで、患者さんと製薬企業のかかわりは今後どうなっていくと思いますか。
沼田 大事なテーマですね。製薬企業のステークホルダーのなかでの患者さんは重要になると思います。
地域包括ケアでは地域の住民に対して、医療や介護のアクセスを改善していくことも目的の一つです。であるならば、地域の住民が、仮に病気になった場合に、どの医療機関にかかればよいかを行政サービスとして情報提供することが求められます。これは自治体が医師会や保険者、健保組合、国保を含めてやるべきことだと思います。
大事なことは、地域の患者さんが、それぞれ罹患している疾患に強い専門医にアクセスできるようにすることです。これまでは、圏域を跨いで他県の大学病院まで時間をかけて通うこともあった。これを地域完結型にすることで、医療サービスの向上と患者満足度の向上を図る行政サービスをさらに向上させるという究極の目標を目指さなければならないという訳です。
古川 DTCでも最近、製薬企業によっては疾患啓発だけではなく、患者さんに寄り添っていく、という姿勢で実施していく方向にも変わってきています。本来の姿だと思います。
沼田 そうですね。DTCはその意味でも大事な役割を持っていると思います。
患者さんに直接的なリーチはできませんが、企業としてのカラーが見えるマーケティングツールのひとつです。ターゲットは各地域によりますが、地域ではそれぞれ様々な課題を抱えていますし、ある地域に対して自社の医薬品が非常によいパフォーマンスを発揮することもあると思うのです。地域のなかで各企業として何ができるのか、DTCは地域に対して自分たちができることを示す、一つのきっかけになると思います。むしろそういう活用をお願いできたらと思っています。
製薬企業に求められる「健康」「医療」「予防」という幅広い視点での取り組み
古川 DTCもだいぶ変わってきました。
製薬企業が入会している疾患啓発( DTC)研究会では、初期の頃は少なからず DTCは企業が製品を売るためのツールの一つという捉え方だったのです。しかし、考え方も変わってきて、いまは患者さんのため何ができるかという視点で統一されています。研究会の代表が設立時から話していることですが、 DTCには大義が必要だと。大義を踏み外したとたんに、社会から批判を浴びるリスクも出てくるし、そうなると当該企業だけでなく、製薬業界全体が批判されることになると指摘しています。
沼田 同感です。生活習慣病治療薬が市場の中心を占めていた時代では、医薬品の発売直後にはすぐに売り上げを最大化するという目標のもと、コストや資源を集中投下して、売上を早期にピークまで持っていくという傾向がありました。しかし、ここ最近の新薬は、がんや免疫疾患、中枢神経系を初めとするスペシャリティ領域の医薬品が多くなってきて、医師がかなり慎重に投与する、非常に扱いの難しい薬が増えました。ですからひと昔のような売上の立ち上がりを重視するとういうより、しっかり市場に根付かせていくという流れに切り替わってきています。
そのときに、実際の膨大な臨床データ、すなわちリアルワールドデータであるからこそ、少数例や一部の症例を取り上げるのではなくて、全てのデータの中からものを言うような時代に変わるわけです。製薬企業は大義を示すべきではないかと思いますね。それを患者さんも感じていただければ、互いの信頼感を生み、この薬は非常によい薬だという評価が、医療者だけでなく患者さん含めて医療全体で価値を高めることにつながる。製薬企業の価値を高めることになりますから、そこにつなげられるようなマインドに変えていってほしいというのが私からの強い期待です。
一方、製薬業界ではエリア・コーディネーターを配置したり、医療ICTやビッグデータの活用など、取り巻く環境が激変し、混沌としています。様々な人たちにプレッシャーがかかり、どうしてよいか分からないとみなさんよくおっしゃるのですね。ここからもう少し冷静にものを考えて、本来やるべき製薬企業としての大義について地域や地域住民に対しても考える必要があると思います。
もう一つ大事なことは、健康から医療、予防、日常生活という幅広い視点でものを見る必要があるということです。「未病」という概念です。そこに製薬企業も入っていくべきではないかと思います。予防という視点でいうと、例えば糖尿病の重症化予防は重要なことですし、認知症はまさに発症予防が重要でして、少しレンジを広く持って取り組む必要があります。
また、それらの治療の際にはこの医薬品が革新的だから、それを販売している製薬企業を信じようという、社会的なムードになっていかなければいけないと感じます。いままでは“点”でものを見ていましたが、少しレンジの広い“面”で見るという考え方に転換する必要があると思います。
急速に進む地域間での患者情報の共有マイカルテの所有が可能な時代に
古川 難病患者さんの場合、地域でどの先生がその難病の治療薬を多く処方しているかといったデータがあれば有難いですよね。
沼田 そうですね。デジタルデータの蓄積や開発がこれから進むと、医療ビッグデータとか、医療ICT、医療ITとへと進んでくる。個人情報保護法が改正されましたけど、患者さんの情報を匿名化してデータとして活用しようという動きも今後出てくると思います。
その一つとして、PMDAが構築した「MID-NET」という医療情報データベースがあります。MID-NETは全国の10拠点と23の医療機関のレセプト、電子カルテ、オーダーリングシステム、検査画像のデータを全部含んでいるデータベースです。10拠点の病院の関連施設が23施設ありますが、難病患者さんを特定したいときに、そこにどのような症例の方がいるかというのも把握できるのですね。
すると、例えばそのデータを厚労省と製薬企業が共有して、例えば自社でこれから開発したい難病や特殊な疾患の薬に関して、そのパネルを活用して治験をして開発をするといったことも考えられます。ただし患者情報まで公開するかというと、多分しないと思うので、あくまでも製薬企業が何らかの臨床研究を行うとか、治験を実施するときに活用できるということです。
もう一つは、副作用や有害事象の情報が自動的に抽出されますから、未知の副作用情報も把握できるようになります。いままでは、例えば循環器疾患だとその疾患のなかでしか調べられていなかったのですが、高齢者が増えて、プレファーマシー、すなわち様々な疾患を合併する人が増えましたので、例えば循環器疾患の薬を服用している患者さんが眼科疾患で懸念されるような副作用が出ていないかどうかも分かるのですね。今までよりも、かなりきめ細かい副作用情報の解析ができます。これがリアルワールドデータの活用法のひとつになってくると思います。
一方、患者さんに対しては、ここからは推測になりますが、地域の二次医療圏のなかで、構想区域の単位で情報提供をしていくとか、地域でデータを共有することもできる時代になると思われます。患者さんが「この先生に相談してみようかな」というような情報提供の環境整備は進んでいくような気がします。
■ここでご紹介した対談内容は、全体からの抜粋版になります。対談の完全版は2018年1月31日に文眞堂から発行された書籍『日本におけるDTCマーケティングの歩みと未来』(著者:古川隆)に全編収載されるています。書籍の方もぜひご覧頂けると幸いです■