設立10周年記念対談企画
高橋 義宣(たかはし よしのぶ)氏との対談
ノーベルファーマ株式会社 営業本部長
ノーベルファーマの営業企画部長当時、月経困難症治療薬のDTCマーケティングで陣頭指揮をとられた高橋氏。会社として初めて取り組んだDTCの活動は、さまざまな課題や難問に直面しながらも、結果的には患者さんから感謝され、好調な販売につながったという。そのときの経験を振り返っていただきながら、医薬マーケティングにおけるDTC本来の役割や目的について語っていただきました。
行動基準の原点は「判断に迷ったら患者さんの利益を優先する」
高橋 当社は大きく儲からなくても、患者さんに治療薬が届き、その結果として少しでも利益が出ればよいという考えで、開発を行っています。そのため当社のミッションは、「顧みられない医薬品、医療機器の提供を通して社会に貢献する」という点で明確です。行動基準の原点も、先述しましたように、「判断に迷ったら患者さんの利益を優先する」ということです。
日本では1999年にピルが避妊の適応症で承認されたのですが、患者さんは自費で使う必要があるのですね。ところが、我々が実態を調査したところ、半分近くが適応外の月経困難症で使われているということが分かりました。本来は保険診療の中で患者負担は少なくて済むはずなのに、患者さんが自費で治療をしているという実態があったので、ピルを月経困難症という治療薬として臨床試験を進め、効果と安全性を確認して治療薬として世に送り出しました。開発の原点はやはり、当社の社長がそうした患者さんのニーズを把握していたことです。
生理痛はそもそも受診して治療するものだという認識がないのですね。生理痛で病院に行くなんて大げさだし、生理痛が病院で治るとは思わないわけです。痛みは我慢するものと思っている人が多くて、どうしても我慢できなかったら市販の鎮痛剤などで対処療法をしている。そうした状況が調査から明らかになってきて、そういった人たちを産婦人科への受診につなげたいと思いました。
「毎月、楽だ」を月経困難症治療薬のDTCのメッセージとして発信
高橋 印象的だったのは「レストルームプロモーション」です。女性がトイレで個室に座ったときに目の前に「こんな症状、こんな生理痛は大丈夫なのだろうか、生理痛は病院で治療できます」という内容のステッカーが貼ってある。藁をもつかみたいくらい苦しいときにこれを見たら、携帯でパシャっと撮りますよね。
古川 これは良いアイデアで、この後、同様の取り組みをされる企業が出てきました。でも、ノーベルファーマが初めてだったのではないででしょうか。
あとは「マイツキラクダ」というラクダのアイコン。あれもDTCの活動全体を統合し、すべての活動を有機的に結びつけるという意味では非常に重要でしたね。
高橋 「毎月、楽だ」、すなわち「毎月生理痛が楽になりますように」という意味を込めています。
古川 また、DTCを実施する前や実施中に、MRさんがDTCの活動を医師に説明するための資材や、高橋さん自らが医局説明用のスライドをつくるなど準備されましたよね。当時としては本当に十分過ぎるくらいに、MR活動の様々な支援策を考えていらっしゃいました。
副作用問題でDTCの実施が危ぶまれるも、患者視点から実施を英断
古川 その一方で、DTCスタート前に他社製品で死亡例が出た際に、どうするか非常に悩まれて、即座にKOLの先生方のところに行って話を聞いてきた結果、DTCを実施すると決断なさった。あのことも素晴らしいと思いました。
高橋 まさにDTCがスタートする直前でした。2月にスタートしましたが、ちょうど1カ月前に、競合品で血栓症の死亡例が出たのです。安全性速報(ブルーレター)が発出され、テレビでも報道されましたし、インターネットでも沢山取り上げられて、大変な状況でしたね。
さすがに、当社ではもうこの製品のDTCはできないのではないかとみんな思いましたし、私もそう思いました。「このお薬を使って積極的に治療しましょう」という活動はもう無理だと思ったのですが、当社の経営会議でもどうするか議論しまして、実施の時期をずらすという会社としての方針が出たのです。他社製品の状況が落ち着くまで、DTCの実施の時期を延期しようということになりました。
しかしながら、社長から学会に行ってKOLの先生方に相談してくるようにと指示されたのです。それで日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会に行きました。するとその両方の先生方から、「こういうときだからこそDTCをやらなくては駄目だ」と諭されたのです。「正しい情報を医師にしっかり伝えていくべきだ。こんなことでひるんでどうするんだ」と言われまして、目が覚めるような気持ちでした。
逆にこういう状況だからこそ、患者さんにしっかりとした疾患啓発を行い、医療従事者に安全性の情報を伝えることが大事だと言われたのです。結果的に、安全性に関する情報をオープンにして、注意すべき点についても医療従事者へ情報を丁寧にお伝えしました。これは大変な作業でしたが、結果としては信頼につながったと思います。
患者さんからの沢山のお礼のメールを宝に
古川 そのときのDTCで、一つのキャンペーンが終わった後に患者さんからのお礼のメールが沢山来て、感激されたとおっしゃっていましたね。
高橋 それは今でも私どもの宝として社内に残しています。
古川 最近はインターネットを活用した活動も増えてきて、ほとんどの製薬企業は内容のしっかりとした立派な疾患啓発サイトを作っていますし、それは後にも残りますよね。DTC活動というと、テレビCMを流している期間だけというイメージが強いと思うのですけれども、しっかりとした疾患啓発サイトを作ると活動は継続的になり、患者さんは自分で動きますので随時自分でサイトを見に行き、新規の患者さんが増えることにつながると思いますね。
高橋 本当そうですね。
古川 これだけインターネットにいろんな情報が氾濫して、怪しい情報がたくさんあるなかで、どのサイトが信頼できるかといえば、やはり製薬企業が開設しているウェブサイトにつきるのだと思います。
高橋 製薬企業には大きな責任がありますから、医学的にも正確な情報を載せますしね。
古川 いい加減なものはまずないですよね。
高橋 それは製薬企業の素晴らしいところですよね。
古川 そうですよね。その疾患領域の権威のある医師の医学監修をつけて企業内のチェックも何回も受けますからね。そこまでやるウェブサイトは製薬業界以外ではあまりないと思います。
高橋 医師が患者さんから「ありがとう」と言われると嬉しいという感覚と同じなのかもしれません。
古川 医師は医師として活動していて、それが一番嬉しいと言いますよね。患者さんと接点をもって、きちんと相手の顔が見えると、製薬企業としてモチベーションも高まるでしょうね。
高橋 そうですね。当社の社長は患者会との接点をもつよう、よく社員に言っています。
患者さんと接していないと行動基準の原点である「判断に迷ったら患者さんの利益を優先する」の利益が分からないからです。会社あげて積極的に患者会のボランティア活動に参加しています。参加すると当社の医薬品に対してお礼を述べられる場面に接します。
自分たちの社会的な役割や使命を再確認させられる瞬間です。
■ここでご紹介した対談内容は、全体からの抜粋版になります。対談の完全版は2018年1月31日に文眞堂から発行された書籍『日本におけるDTCマーケティングの歩みと未来』(著者:古川隆)に全編収載されるています。書籍の方もぜひご覧頂けると幸いです■